グロムと6年

 

壊れても、治して乗りたいバイクはあるか?

 

って誰かに言われたら、どうだろう。コレを見てる人は有るのかな。無いのかな。

オレは有る。それがグロムなんだけどね。

クルマに比べて「乗り換え」という言葉が近いバイクでは、そもそも壊れるまで看取るということ自体珍しいのかもしれない。

それでも体験してみたいんだよね。壊れて「もう治せないよ」と言われるまで、どう接してどういう思い出が残してあるのか。

 

そう思わせるのもグロムの面白さだ。大概のバイク、例えば手元のR25なんかは、日本じゃ持て余す36馬力と空力の良さが快適に遠くの町へと運んでくれる。要は性能が思い出を作ってくれる。

それがグロムだと、全く快適の快の字も無くて、動力性能も飛び抜けて良いモノでもない。

その代わりライダーの引き出しを底上げ、または増やしてくれるんだよね。

丁寧なアクセルワーク。ブレーキの掛け始めの繊細さ。固い地面ならどこへでも行けそうな機動性。技術面でもメンタル面でも今持つ領域を引き伸ばしてくれる能力がとても強い。

またそこで培われた経験は他のバイク、それこそR25にも応用しやすく、グロムに乗るからこそ他がより楽しめるという、ライダーにとって良い流れが生まれやすい。

 

だから壊れるまで乗ってみたい、というより完全に息絶えるまで乗りたいという気持ちが生まれてくる。それほどグロムは切っても切り離せない存在になっている。

もちろんバイクの高い性能に乗っかって素敵な思い出を作って面白がるのも良い。それがスタンダードだからね。

しかし、自分にとってトレーナーのようなバイクがあるともう一つ楽しいということをここに記させもらう。