数年前に銀の軽トラを手に入れて、数カ月もしないうちに農業を始める親戚に譲った。
初めての手持ちMT車だったこともあり、普段の通勤や遠出の足にと興奮に任せて思い出は沢山積み上げてた。
そんなアイツは今日もどこかで野菜積んで元気に走ってるのかなぁと何となく思ってたときに
「手伝ってくれ、MT乗れるのがお前しか居ない」
と一本の電話がかかってきた。
そう、またあのクルマを運転することになった。
片道数キロで現場に着き、その姿は砂まみれで少しサビは浮いてたが紛れも無くアイツだった。
「こっから10分だからさ、悪いな」
そう告げると、彼は近くにあったバンに乗り込む。後部座席は作物の入ったカゴでパンパンだ。
様子からすると出荷時間が迫っているっぽい。感傷的になる余裕もなくトラックの運転席に座り、キーを回す。
いつものエブリイはエアコンダイヤルと同じ角度でシフトが生えてるインパネシフトだ。だがこの軽トラは地面と垂直、フロアシフトだ。
…懐かしい。手の置き方ひとつでも感覚は大きく異なる。軽トラと軽バン、顔や形が同じようでも実際触れてみると違うなんてことは人間にもありえるな、と思いながら1速へ入力する。
ちょっとしたことなんだけど、やっぱ違う。それは触れてみないと分からない。
先導してくれてるからか、バンは最高50km/h近くで走ってくれている。しかしこちとら軽トラのマニュアル、しかもターボ無しの自然吸気だ。簡単に言えばパワー自体は無いがデリバリーは素直なエンジン、なので微妙な加減速でも変速をするのがスマートである。
緩めなカーブや2個先にあるクルマの変な運転、ちょっとした環境の変化で1つ2つほどシフトダウンなんかザラだ。
牛や豚が居る穏やかな農道に似合わない激しい運転操作、強く突き上げるサスペンションも相まって気分はラリーだ。これがまあ楽しいのなんの。
全高全幅ギリギリまで積み込んだクルマで坂を登って下り、信号を右左折する。重さが前後に引っ張り、重りが車体を振る。
挙動がもはや限界走行、オレらを一気に2台追い抜いたスイフトスポーツや信号待ちでドロドロと大きい排気音鳴らせていたランサーエボリューションよりもスポーツしてんじゃねえかってくらい手足が神経質になってた。
扱いやすいけどアンダーパワー、そんな砂まみれエンジン。
程なくして出荷場へ到着し、テキパキとマットとロープを解いて荷下ろしをする。とうもろこし、とうもろこし、とうもろこし。積まれてるから分かってはいたが、笑っちゃうくらいの量だ。
「もう空だから帰っていいよ、ご苦労さん」
そう残し、彼はバンに載せたカゴへ手を伸ばした。
やっと帰れる。そしてもうラリー出来ないのかと少し寂しさを感じながら2速で発進すると、元気に走る走る。変速の感覚は短くなり、ブレーキを踏めばガツンと停まり、ハンドル曲げれば素直にどこまでもグルンと旋回する。
おいおい、帰りはジムカーナかよ。余裕があっても無くてもスポーツしてんだな軽トラって。
つうかMTってターボより自然吸気のが面白いな、次に買う時はそうしよう。