彼らは魔法使い

中学生のころ、バスケ部に入っていた。

忘れもしない1年の夏、関東大会に行くか行かないかの試合の時だ。相手は持ち時間を目一杯使ってディフェンスのミスを誘い、スキを突きながら確実にリングに近いゴールで2点を積み上げ約10点差のアドバンテージ。

対するコッチは上級生数人は強いけど新入りのオレがベンチ入りしちゃうくらい選手層の薄いチーム。連戦に次ぐ連戦でスタメンの疲労が蓄積して攻守共に細かい動きが鈍くなってる。

休憩が終わり相手を見ると、3人の背番号が少し変わっている。体格、纏うオーラから察するにレギュラー級の実力者だ。

マンパワーは圧倒的に不利、「厳しいな…」と思いながらが後半戦折り返しが始まる。

すると、コッチの控えである先輩の3Pシュートが面白いように入ってきた。

相手の動きの速さは変わらない。しかし交代したことでお互いのカバーに約1,2テンポのラグがあった。彼はその綻びを針の穴に糸を通すようなステップで付け込み、フリーでパスを貰い、一定のリズムで半円の白線から綺麗な弧を放つ。

どんなに相手が2点を入れようと、先輩は3点入れる。勢いに乗り最後の2分半にはイーブンまで持ち込み、そのまま集中切らさずチームは関東大会への切符を手に入れた。

オレはあの日、魔法使いを見た。どんなプレイをも届かせやしないコート上の魔法使い。

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その5年後、もう一人の魔法使いの存在を知る。

ベタ踏みバックギアで車を動かす女。それもカローラで。前走ってんじゃねえかって速さで後ろに走る。

聞けば元走り屋で、助手席の足元に穴が空いてるほど古いニッサン・サニーをカリカリにチューンし千葉湾岸エリア付近を根城にしてたとか。

引退後、どういうワケか軽ターボのミニカダンガンを買い、「美味い物を食いに行く」と称して関東中部地方の山道という山道を攻めてたとか攻めてないとか…

比較的スピードに慣れてるオレの母も同乗したことあるらしいが、メチャクチャ速かったらしい。

「一生に一度、MT軽ターボに乗ってみるのも良いかもね」

とモアパワー至上主義の人間を唸らせたのだからスゴイ技量とクルマなんだろう。

事実うわさのカローラを運転させて貰ったが、エンジンは淀みなく上まで回り、変速のもたつきも少なく、何より足回りが大衆車とは思えない落ち着き具合。

もう廃車にしてしまったのでどこに手を入れ、どういう操作をしてたのか確認出来ないが、不思議なカローラだった。

 

そんな姿たちを見たオレは、諸事情で卓球部に転部したのち「こんな曲がる玉打てるのそう居ないよ」と言わしめるほど回転を極め、特別強化選手に選ばれるレベルまでになった。

そして今、現行車史上ベスト3に入るプアなサスとタイヤが付いたちくはぐな軽ターボ車に乗り、平坦もアップダウンも楽しみ中だ。

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…きっと、オレはずっと魔法使いに憧れてる。

でもどこかで同じ土俵じゃ一生追い越せねえと感じ、反射的に少し違うステージを選んでしまっている浅ましさもある。

強化選手に選ばれた次の日、「これで良かったのかな」「彼と真っ向から挑んでないんじゃないか」と振り返ったこともあった。

しかし選抜されたことを知った魔法使いの先輩が「スゲーじゃん」と脇腹ド突かれながら祝福してくれた。

あのときオレ独自の呪文が存在し、それが先輩に掛かったんだと今でも思っている。

始めた動機やキッカケは褒められたモノでは無いが、彼とは違うキャリアを積み上げたからこそ結果的に互いがリスペクトし合えたのかな、と解釈している。

だから今度はエブリイを上手く乗りこなしてみたい。「スゲーじゃん」って言わせてみたい。それだけがエブリイの面白さじゃないけど、いつかあの口から言わせてみたい。そして「アンタもスゲーよ」と返してみたい。