ブロガーにはなれかったオレ

オレは基本的にバイクブログが向いてない。

この約6年の間で書き手として弱いままな上、厄介な価値観を持ってしまったことがそうさせたんだと思う。

経験上、バイクをメインとしたブログは金をかけただけの「貴重なモノ」か、時間と運を凝らした「希少なコト」を書けば大体他人を引き寄せることが出来る。

すごく身も蓋もない言い方をすると、生活の中にある「珍しいモノゴトに触れました、スゴく良かった」という事さえかいつまめば、内容の濃淡問わず簡単に数千数万の人が見るようになるんだよね。

オレもしばらくそれを探しては喜び、サカサカと物書きしてたが、いかんせん飽きてきた。というより、嫌気が差してきた。それが軸なら誰が筆取っても大して変わんないじゃんって。

 

でも他人に視られなければ、それこそこの記事だって便所の落書きと同じになる。レビューの有り無しがブログかブログじゃないかの境界線だから、胸張ってテイをなす為には界隈の情報に敏感でアクティブにならざるをえない。

ジレンマだ。心の底から欲してもないのに新しい記録ばかりを詰め込むか、引きは弱いがストレスフリーな生活日記か。その2択になってさえ記事を書いてしまう自分にもだ。

もちろん自他共に魅力を感じるトピックに触れることもあるが、ずっとそういう中で生活出来るとは限らない。

そんな時、他の書いてる人や視ている人はどうしてるのか。そもそもココのブログを造り上げた要素を分解したらどうなってるんだろうか。いつしか器の内側を考えるようになってきた。

 

行かなくても相対さなくても分かりそうな事をツラツラ書いて反響は大ハネ、「こんなに人をナメ腐ったまかり通りで成立するコンテンツなのか」と横目にして思ったのが約5年前。

じゃあ思いや感触を細かく生の声に沿って書こうと、色んなバイクや色んな場所を相手に、文をしたため公開してレビューを重ねていってたのが約1年前。

調子が良い時は毎日数千の人が視てくれてた時期もあった。「やっとこれでブロガーと称してもいいかな?」なんて思ってたりもしていた。

しかしふと振り返ってみれば、上がっていく閲覧数だけを見て喜ぶ自分がそこに居て、虚しさを覚えた。

 

ああ、あの時見たブロガーと同じ道を辿ってしまうのか。プロフィールに「月間○万PV達成!」と綺麗に過去を切り取り、すがるようになっちまうのか。

そういう人に対するカウンターカルチャーのようなモノを目指してたはずなのに、自分に目を通してくれた嬉しさが志ごと全てを塗り潰し、いつしか彼らと同じようなモノばかりを見ていた。

これではいけない、立ち止まって考え、思いつく。

そうか、ルートは違えど同じ山に登るからこうなるんだ。自分自身と登る装備と山を見直した。

 

身体的精神的年齢的なギャップも無い、肩書きを銘するほどの人生を送ってない、そこら辺に居るタダの20代男性。

バイクと装い共に珍しさは無く、安全と楽しさに金と時間を使う。

そんなヤツが登るのは承認欲求と人脈と差別化が主食の山。

嫌いではないがそこまで要らない。そんなヤツが登り詰められるワケがない。単純に身体と山の相性が良くない。

とはいえ頂点付近まで行けば何かが変わるかもしれないと、少し希望をもって覗かせて貰った。するとブログを立ち上げる前はあんなにキラキラしてたのに、今では半端に構造を知ってる分、どこかくすんで見えた。

 

ブログは食い付かせてナンボ。金も時間も頭もジャブジャブ使ってキラキラと尊敬、羨ましがられるのが近道。そしてその照り返しかのように嫌になるほど広告をペタペタ張り付け、使った知ったことへのリンク先は忘れず張り付け。

情報としての細やかさの裏で、自分の財布を厚くする。

 

なんかそれが全面にありありと出ていて、「これが果てか」と愕然としてしまった。

十人居れば十人の生き方がある。それを踏まえた上で、たかが上手くて数万の小遣い稼ぎの為に差し出すほど、オレにとってバイクは安いモンじゃねえなと思ってしまった。

単純に金が足んないなれば、空いた時間で世のため人のために働くなり、節約すればいい。金はあるけど稼げるならやりたいのは言語道断、友達を裸にして猿回しをしてる野郎と同類だ。

それに珍しい新しいにアンテナ張って、誰よりも早く食い付いて、終わればパパっと文字や構成をテンプレートのように写すってのも、エサに群がる鯉の必死さと冷淡さみたいでどうにも水が合いそうになかった。

インプットとアウトプットが目まぐるしい遠いあれらの背中は、尊敬と同じくらい機械的な余裕の無さが滲み出ていて、とてもじゃないがああ成りたいとは思えなかった。

その他にもブロガーとして得て取り巻くいくつもが、自分と天秤にかけるにはどれも軽すぎて話にならなかった。

 

念を押させてもらうが、ブロガーのやることが悪いんじゃない。むしろ金を生み出す機転と人を惹き付ける発想を持つのは誰しもが出来ないことだ。

それを至上とするステージと、たまたまオレの生き方に合わなかっただけ。

 

そう感じた次の日、華美なモノやコトをメインテーマとして極力扱わなくなった。

人として弱いまんま外側ばかり高下駄履いてまで、あの人達と同じライン上に立とうとし、測れない数字を意識してる自分の姿が嫌になった。

それからはゆっくり下山しながら新しい何かを模索して、あまりにも手応えが無くてブログ辞めようかと時々思いつつも、最近になってようやく見つけた山が「心」。これについてはまた長くなるので追々書こうと思う。

6年続けてるにしてはみすぼらしい数だ。しかし今までのオレがもう必要無くなったからこそ、誰しもが嫌な思いすることなく新しいことが出来る。

 

ブロガーを名乗る名乗らないも、ふと振り返ったあの日が分岐点だったんだろう。きっとオレのようなヤツが向こう側に行ってたら、毎週毎月「低速トルクは太いがフレーム溶接が汚い」と新作バイクに講釈垂れたり、珍しさだけにクラつき海外へツーリングしたりして、それを元手に嬉々と諭吉を数枚握りしめたんだろう。

同じ所有車種だからって無作為にフォローして、傷の舐め合いに似た社交辞令がハートマークをタップしてたんだろう。

クルマもエブリイじゃなくてスポーツカーを買って、外から中まで社外品で埋め尽くされ実験体のようになってただろう。

何をするにも顔も知らない他人がよぎる、雲を掴むように刺激と退屈を行き来する日々を送ってたんだろう。

でも結局ブロガー側からすれば、オレの話は負け犬の遠吠えだし、今回の記事だって大人数に視られることは恐らくない。端的に言ってオレには価値が無いから、吠えも聞こえてるかどうか。

 

つい長々と書いてしまったが、これは供養だから許してほしい。色々と弱いヤツがキラキラに釣られ、入り口を間違え、いつの間にか競争社会に奔走してしまった過去との決別だから。

視てる方も書いてる方も苦しいキツい言葉を選んだのも、もう間違えたくないという戒めの為。

最後にそんな1合目を下り終える身として、インターネットの隅っこから言わせてもらう。

ブロガーとなることに疲れた人、ブログへの気持ちが遠のいている人へ向けて。

 

モノやコトばかりに筆を振り回されるな。

書かなくたってそれは綺麗な思い出だ。

でも心の底から湧き出る見たい、行きたい、書きたいを大切に。

その時までブログは何年でも、いつまでも待ってくれるから。

 

 

それじゃ、またいつか。